一台の織機から、 すべては始まった。
戦後復興のさなかの1956年、藤井薫は大阪に「藤井商店」を開きました。最初の資産は中古の織機一台と、糸の善し悪しを見抜く目。良い生地は人の暮らしを底から支える——その確信が、屋号より先にあったといいます。1962年には縫製業へ進出。「織る」から「かたちにする」へ、最初の一針を踏み出しました。
- 1956 — 藤井商店 創業(生地製造)
- 1962 — 縫製業へ進出
- 1968 — 婦人肌着の生産を開始
「薫」が、 パルファンになった日。
1975年、ランジェリー部門を分離独立し「パルファン株式会社」が誕生します。創業者の名「薫」に、フランス語の「PARFUM(香り)」を重ねた社名。素肌にまとう一枚は、香りのようにさりげなく人を支えるべきだ——という宣言でした。重なり合うふたつの輪のロゴも、このとき生まれています。糸と肌、日本とフランス、技術と美。ふたつのものを縫い合わせる会社の、最初の自画像です。
- 1975 — パルファン株式会社 設立
- 1979 — 大手アパレルとOEM取引開始
- 1984 — 自社企画(ODM)第一号を納品
針を持って、 海を渡る。
円高が製造業を揺らした1987年、パルファンはタイ・サムットサーコーンに自社工場「Thai Parfun」を設立します。商社任せの委託ではなく、自分たちの工場を建てる——当時としては大胆な決断でした。大阪から持ち込んだのは機械より先に、検品基準書と師弟制度。1994年には染色・編立の「Parfun Textile」も設立し、糸から完成品までの一貫生産体制が海を越えて完成します。
- 1987 — Thai Parfun 設立(縫製)
- 1994 — Parfun Textile 設立(染色・編立)
- 1998 — Rama 2 Factory 拡張、従業員500名へ
常識を、 洗濯機に入れる。
2003年の東京オフィス開設で首都圏の企画力を強化。2006年には二代目・藤井純子が社長に就任し、「守るために変える」時代が始まります。象徴が2015年のウォッシャブルシルク——「絹は手洗い」という業界の常識を、327回の試作の末にくつがえしました。技術は派手に語らず、製品で静かに証明する。深化期のパルファンを貫いた姿勢です。
- 2003 — 東京オフィス開設
- 2006 — 二代目・藤井純子 社長就任
- 2015 — ウォッシャブルシルク実用化
七十年目の、 新しい一針。
2021年、三代目・藤井栄一が社長に就任。サステナブル素材への本格展開と、工場の脱炭素化が同時に始まります。2022年のボイラー天然ガス転換でCO₂を約70%削減。リボーンコットン、ウミペットなど五つの自社素材が出揃い、2026年——創業70周年の今年、私たちは次の七十年に向けて針を持ち直しています。物語の続きは、これから縫われます。
- 2021 — 三代目・藤井栄一 社長就任
- 2022 — ボイラー天然ガス転換(CO₂ −70%)
- 2026 — 創業70周年・サイトリニューアル
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